トレーダー魅了する「金融工学」の魔性ーウオール街が生み続ける「錬金術」
2008/07/07
昨今のサブプライム・ショックは、米国金融資本主義の歪みを露呈した。信用格付けの低いローンを内包し、高度に重層化した金融商品が世界中にばらまかれ、その重層性ゆえに、その実態がいまだに把握できない。2兆ドル近いサブプライムローンのうち60〜80%が債務不履行になると予想される。不良債権化する住宅ローンだけで1.6兆ドル(170兆円)という規模だ。更に、サブプライムローンを震源として波及した損失は相当のものになるだろう。しかし、今ウオール街は、サブプライムよりも大きな爆弾に恐怖している。クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)である。
CDSは、現物債券を取引することなくその債券発行者の信用リスク(デフォルトリスク)を取引するデリバティブであり、債券のデフォルト(債券不履行)に対する保証を売買する。スワップ市場は規制がなく、しかも債務担保証券(CDO)市場は2001年から06年にかけて5倍の5000億ドルの規模に急拡大を遂げた。トリプルA格付けがスプレッドの急拡大でトリプルB格の価値しかなくなる場合、景気後退局面ならば、ジャンク債にはデフォルト率の大幅な上昇が見込まれる。しかも、ジャンク債はCDOに多く含まれ、スワップ取引を通して世界中にばらまかれている。
CDSをはじめとするスワップ取引の主な参加者は、金融のエリート集団である大手投資銀行とヘッジファンドである。米財務省通貨監督局によると、JPモルガン・チェースのCDO関連スワップ取引は7.9兆ドル、シティグループは3.2兆ドルである。
昨年前半まで、住宅ローンの債務不履行率は低く、CDSにおいてもデフォルトリスクは低く見積もられ、保険学は低く設定されてきた。実際にデフォルトが増えたときに、保険金を賄う担保があるのか、また誰がリスクをどの程度抱えているのか、取引参加者の権利関係が複雑すぎて、CDO以上に全容の把握が難しい。この状況で債務不履行急増の局面になれば、サブプライム問題で弱体化した金融機関の息の根を止めることもありうる。」と米投資銀行のアナリストは指摘する。
CDOやCDSといった爆弾は金融工学と呼ばれる一連のテクノロジーによって生み出される。
1950年代に生まれた金融工学は、80年代後半に急速な発展を遂げた。レーガノミックスで規制緩和が進んだ米国では、新規の金融商品で高い投資収益を求める動きが活発となり、ウオール街の投資家たちは、緻密な投資モデルを求めるようになった。
パソコンの急速な発達もあり、クオンツ運用に注目が集まり、同時に緻密なリスク管理のスキルも求められた。おりしもソ連崩壊が秒読み段階となり、多くのロケット・サイエンティストや数学者がウオール街へ流れ込んだ。なにしろ前職の何十倍もの給与がもらえるのだ。世界中から優れた頭脳が吸い込まれウオール街は世界で唯一の金融工学理論の発信地となり、米国は金融資本主義を牛耳る権力を握った。ロケットが宇宙に飛んで無事に地球に戻ってくるまで、燃料が切れる、隕石にぶちあたる、エンジンが故障する、地上との連絡が途絶えるなど、さまざまなリスクが想定される。起こりうるシナリオを2000ほど想定し、コンピューターにかけて解析し、理論の有効性を検証する。理論は実践に移され、宇宙飛行が可能となる。
金融工学から生まれる新理論、すなわち「新しい設け方」もロケット工学に基礎をおく。ファンドに取り込まれた数学者、工学者たちは、遠大なる金融工学体系と経済の現状をみくらべながら、新たな前提条件を想定し、リターン獲得のスキームを見つけ出す。そして、コンピューター上でシュミレーションを繰り返し、そのビジネスモデルの有効性を検証する。これはきわめて数学的な作業である。
例えば、住宅ローンを担保とsたモーゲージ証券の格付けは、住宅の評価額とその最大の損失を想定した場合に起こりうる元本を失う確率によって決まる。またモーゲージ証券トレーディングでは、リスクとリターンと格付けとスプレッド、そして金利変動と償還の速度の相関について計測される。
ところが、数学的な理論には致命的なネックがある。
前提条件が崩れればすべてが「終わる」のだ。例えば、サブプライム問題におけるCDOの場合、信用格付けの前提となった最大損失の度合いを相当超えてしまうと、格付けとスプレッドから収益を生み出すはずの理論の前提条件は総崩れとなる。そして、リスク回避するモデルは機能不全に陥る。しかもおびただしい数の人が介在する経済活動では、宇宙飛行よりはるかに高い頻度で前提条件の崩壊が起こる。サブプライム危機において、この前提条件お崩壊を察知したジョン・ポールソンやフィルファルコーネ(ハービンガー・キャピタル)などの投資家は大もうけをした。
一方、金融工学は、投資家をおびき寄せる「人寄せパンダ」としての効果も絶大である。
金融工学の権威、マイロン・ショールズとロバート・マートンが取締役に顔を連ねたロングタームキャピタルマネジメント(LTCM)は94年の設立当初から12億ドル以上の資金を確保した。そして97年にショールズとマートンがノーベル経済学賞を受賞すると、その規模はさらに膨れ上がった。だが、98年、アジア通貨危機とロシア財政危機のあおりを受け、LTCMはあっけなく破綻。金融工学は権威失墜の危機に瀕した。ところがショールズは、2000年に新たなヘッジファンドを立ち上げ、その日本拠点プラチナ・グローブ・アセット・マネージメントには、現在、日本の投資家が多額の投資を行っている。
高度に数学的であり、聖地さを持ち味とする金融工学の理論を一般投資家は理解できないが、その理論が学術的権威によって築かれたと聞けば、優越性を信じたくなるのが人情である。
サブプライム以降の経済危機への懸念がひろまる今、次の商機を狙うヘッジファンドがうごめいている。
彼らは、金融市場も金融工学も破綻と生成を繰り返すことをよくしりつつ、新たな金融工学理論を探り、
投資スキーム実践の好機をうかがっている。
ひとつの金融工学理論が大きな収益をもたらすと、市場は熱狂に包まれ、明晰な頭脳の持ち主であるはずのトレーダーはその富の巨額さに酔う。信奉する理論のほころびの兆しに気づくことができず、破綻の憂き目をみる。このサイクルは、これからも延々と繰り返され、その一環としてCDSショックがまもなくやってくる。そして第二、第三のサブプライム・ショックが世界経済に激震をもたらすことになる。
杞憂であれば良いのだが・・・。


















