どこまで続く米国発信用不安(2)−金融緩和策はもはや通じないのか?
2008/07/18
米財務省が今週明けに発表した連邦住宅貸付抵当公社(フレディマック)、連邦住宅抵当公社(ファニーメイ)という2つの政府支援機関(GSE)に対する支援策とともに、FRBはニューヨーク連銀を通じてこれらGSEに公定歩合での貸し出しを可能にする措置を公表した。
サブプライムローン問題が表面化してから、政府・中央銀行が公的救済に踏み出すのは、今年3月に投資銀行の旧ベア−・スターンズが事実上、破綻した時に次いで2例目となる。3月のケースでは、旧ベアーから優良資産と不良資産を引き離し、それぞれの資産をJPモルガン・チェースといった経営主体が引き継ぐのに、ニューヨーク連銀が融資などで関わった。
FRBはサブプライムの焦げつきにまつわる信用不安に対し、当初は利下げや流動性供給という伝統的な金融政策手段で事態の解決を図ろうとした。しかし、金融機関の経営不安の拡大が止まらない中、米国の金融当局も公的救済を実行する方向に着実に向かっている。なぜ、流動性供給や利下げといった伝統的政策では、一連の信用不安が収まる気配を見せていないのか。
私は、流動性供給や利下げは現在のところその当初の目的を相応に果たしていて、これまでのFRBの金融政策はその時期も内容もおおむね妥当であったと考えている。まず、昨年8月に金利が急騰してサブプライム問題表面化の発端となった短期金融市場は、FRBのみならずECB(欧州中央銀行)や英イングランド銀行などの世界の中央銀行が協調して行った流動性供給によって、現時点では金融システムを大きく揺るがすような事態には至っていない。
確かに、利下げによる金融緩和の効果については、銀行貸し出しの伸びが鈍化し始めているなど、効果は表れていない。将来に対する不安から現金保有の需要が高く、そのため信用リスクのある資産に資金が向かわず、短期市場で銀行間の取引が依然細ったままだ。
だがこれは金融緩和自体に問題があるのではなく、信用不安という特別な状況の中で、資金の巡りが悪くなっている状況が、解消されていないだけである。構造的な需要不足や投資資金の欠如が起きているのではなく、単に信用度や流動性が高いと思われる安全資産に資金が偏在しているだけだ。資金の循環を促すには、信用不安を取り除く必要がある。
信用不安により金融機関が公的救済を必要とするに至った原因は、金融政策の手法にあるのではない。それとは別の、米国の金融構造そのものに、根源があったのである。
今回のサブプライム問題の最大の帰結の1つは、米国の金融構造に組み込まれていたいくつかの神話の矛盾が、サブプライム問題をきっかけに次々と明るみに出たことであろう。金融政策の本来の機能を果たすためには、この矛盾を解消することが不可欠だ。
その神話とは、まず、サブプライムの住宅ローン債権を集めて組成された証券化商品が、実態より高い格付けを取得し、投資家がそれを信頼し、投資してきたことだ。皮肉なのは、神話作りに関与してきた格付機関が自ら格下げに打って出たことで、本来の価値に再評価することで解消されることになったことだ。
神話崩壊の影響は、通常の金融機関の次に、いわゆるモノラインと呼ばれる金融保証会社に派生した。モノラインは特別法で設立された存在であることから、地方債などモノラインが保証する債券の発行は、長年、高い格付が付与されていた。しかし、それも大手のモノラインが格下げになったことで、ここでもいわば痛みを伴う調整が今後余儀なくされる可能性が高い。 そして今回のGSEである。GSEも特別法により設立された長く複雑な歴史を持つが、そのよりどころは政府の「暗黙の保証」と言われる神話によって、米国の住宅ローン市場の拡大の必要不可欠なシステムとして機能してきたわけである。
GSEの信用リスク増大に対しても、痛みを伴う損失処理を伴う合理的な再評価により再出発というやり方があり得る。
このような形で様々な矛盾を解消していけば、金融緩和の効果は、信用スプレッドの縮小と資金の偏在解消という形で有効に機能し始めよう。それによってGSEの資金調達コストが下がれば、住宅ローン金利は下がり、再び必要なところに資金が供給され、住宅販売は伸びるだろう。
もちろん今後、政府・中銀のフォーラムが勧告したように、金融商品のリスク評価が販売者・投資家・格付会社によって、すべて適切に行われる必要があるが、その際、当初は、貸し出しにまつわる審査は厳格化されることから、その分、住宅バブル時のような市場拡大は望めない。その代わりに、適正なペースでの住宅金融拡大で経済は再び順調に回り始めるであろう。
商品高・原油高についても、信用不安を背景とした資金偏在が商品に向かっている部分が信用不安解消により調整されて初めて、本来の需給を反映した価格が明らかになる。これをベースに、金融政策で景気の調節と物価調節のバランスを適切に運営することが可能になる。
改めて強調したいことは、こうした神話の矛盾の解消プロセス自体は、伝統的な金融政策の守備範囲ではないことだ。
金融政策とは、市場原理をベースに通貨量、金利などを調節することで、各国の金融市場とマクロ経済構造に見合った方法で、雇用の最大化や物価の安定を図るものである。そこには当然に各国の経済・社会制度という前提が存在する。サブプライム問題は、米国にこうした制度の抜本的な調整を強いる契機をもたらした、と言える。
その際に、市場参加者のリスク管理の甘さや、それを許容してきた当局の金融監督の甘さを批判するのは容易である。しかし、金融機関の販売姿勢や、市場参加者のリスク管理手法という技術的な問題のみならず、過去何十年にもわたり米国の社会システムに組み込まれた制度の矛盾を、単に現在の個別市場参加者や現在の政策担当者のせいにするのは、やや酷ではないか。
批判や非難の嵐に包まれても、神話の解消が順調に進めば問題はない。ただし、GSEについては、この神話の矛盾の問題が先送りされる可能性が高いと言わざるを得ない。
というのも、1970年以降米国の住宅資産価値は、年平均8.8%で増加してきた。現在の総額は約20兆ドルに及び、名目GDP(国内総生産)の1.4倍の金額に相当する。1970年には住宅資産価値の総額は、名目GDPの0.8倍であった。
住宅は、いわば長きにわたり米国経済の根幹となってきたのである。ここにメスを入れることは、たとえそれが理にかなっていたとしても、経済への影響を考えれば容易に踏み込めるものでもないだろう。
現実的には、GSEの破綻を回避するために今後も様々な方法で公的支援の手段が取られる可能性が高いだろう。その場合、住宅ローン市場の痛みは回避できても、米国政府の抱えるリスクの増大、政府のバランスシートに対する信頼の低下という別の問題が、発生する可能性が高くなる。
おりしも為替市場では、米ドルがその価値を大幅に弱めている。また米国の株価は今年に入り日経平均株価を超える下落となっている。米国債はいまだ信用不安時には、質への逃避の流れで買い進まれる傾向がある(これも神話の1つと言えるが)。
今後、米国政府に対する信認が揺らぐようであれば、「米国債は安全」という神話も崩壊する可能性がある。いわゆるトリプル安である。
これを回避するには、1つはあらゆる手段を講じることで、金融システムを維持することによって経済の回復を図る。もう1つはあるいは大胆な政府支出のカットで、政府財政を少しでも好転させることで信認の維持を図る。
いずれを取るかは、次期政権に課される1つの大きな課題となるだろう。
米国はいずれかの方法で、信認をしぶとく維持する可能性が高い、と考えられる。


















