米経済、年後半に2番底へ
2008/08/04
昨年来の厳しい情勢下で、予想以上の強さを見せてきた米国経済。
しかし今、年後半に景気が2番底に突入する可能性が高まっている。
実体経済の悪化はまだ始まったばかり、との声も上がる。
サンフランシスコ連邦銀行のジャネット・イエレン総裁に言わせると、ほぼ1年前に米国経済を脅かし始めた要因は「嵐が吹き荒れ、雷が鳴り響く中で3人の魔女が災いを起こす『マクベス』の幕開けと似ている」。曰く、「違うのは、今のトラブルメーカーが魔女ではなく、住宅市場と金融市場、商品市場の3つだという点だ」。
そのトラブルメーカーはなお健在だ。金融市場の混乱は続き、米経済は再び重大な局面を迎えた。足元の四半期は堅調な伸びが見込まれるものの、米経済は著しい低成長か景気後退に陥る危険性が高まっている。原油高騰の煽りで、金融業界の弱さと経済の弱さが互いに増幅し合う、信用収縮の典型的な様相を見せ始めているからだ。
一方、米経済がインフレに突き進むリスクも高まっている。エネルギー価格の急騰はCPIの上昇率を前年比5%まで押し上げ、いくつかの指標は将来のインフレ期待の高まりを示唆している。
米当局による直近の大型介入──米連邦住宅抵当公社(ファニーメイ)と米連邦住宅貸付抵当公社(フレディマック)の救済策──によって、政府系住宅公社2社は資金調達の手段を確保。住宅業界にも引き続き資金フローが見込める道筋がついた。
だが市場では、3月のベアー・スターンズ救済後のような株高は見られない。逆に救済策発表から数日間、金融株は下げ続け、週後半になってようやく反発。米国の株式市場と経済の方向性のなさを浮き彫りにした。
おかげで今、エコノミストと投資家は米国が信用危機のどの段階にあるのか頭を悩ませている。野球で言えば、もう8回なのか、まだ4回なのか、ということだ。当初はベアー救済が信用危機の転換点になると思われたが、今やそれが決定的な転換点ではなかったことは明白だ。となれば、ファニーとフレディの救済が究極の転換点となると考える理由もない。
ファニーとフレディの債務は以前から、政府に保証されていると見なされていた。このため両社救済は金融市場と経済が奈落の底に落ちるシナリオは排除できても、その他の金融機関の展望を改善させるものではない。両社がデフォルトする危険性は確かに脅威ではあるが、それも金融市場と経済にのしかかる重圧の一要素にすぎない。
年明けに危ういスタートを切った米経済は、春から初夏にかけて目覚ましい反発力を示した。単月ではGDP成長率がマイナスに転じる月もあったが、上半期全体では予想を上回る伸びを達成した。経済活動を支えたのは輸出。だが、個人消費もFRBを含む大方の予想よりかなり健闘した。
FRBは6月の会合で、上半期実績に基づき、今年の経済成長予想の“中心的傾向”を上方修正した。現時点で、今年の経済成長(第4四半期の前年同期比成長率)は1.0〜1.6%になると見られている。今年4月時点の予想は0.3〜1.2%だった。
一方で、経済が年後半に再び悪化する危険性が高まっている。その原因は、昨年の危機当初から米経済を脅かしてきた3人の“魔女”だ。一時は明るい兆しが見える場面もあったが、過去2カ月、この3つの負の作用が勢いを増している。結果、次第に多くのエコノミストが“W字形”の景気低迷を予想し、年末にかけて完全な景気後退入りを予想する人も出てきた。
エコノミストが最終的に、年初の景気をどの程度の弱さと判断するかにもよるが、年末は米国がついに景気後退に陥るか、再び景気後退を迎えることになりそうだ。米モルガン・スタンレーのエコノミスト、リチャード・バーナー氏は「米国が2番底の景気後退に陥る確率は50%以上ある」と指摘。「消費者は苦しんでおり、逆風は最近になって強まったばかりだ」と話す。
成長を脅かす最大の要因は、信用危機の作用が復活したこと。金融業界の打撃が実体経済に及び、それが再び金融業界を襲う負の連鎖である。7月半ば、スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)500金融株指数は昨年5月の高値から37%も下落。その後持ち直したが、まだベアー危機後の3月につけた安値を15%近く下回っている。
驚くべきことに、銀行はまだ証券化商品に絡む損失の総額を把握できていない。景気減速を受けて様々な融資で返済延滞が増える中、銀行は再び巨額の評価損を計上している。
こうした損失自体は珍しくもなく、以前からある信用サイクルの一環だ。問題は銀行が前回の巨額損失によって資本を傷めた状態でこの局面を迎えたということだ。同時に、金融機関は市場の振れや確かな取引相手を求めるニーズに対応し、レバレッジを減らそうとしている。
JPモルガン・チェースのストラテジスト、ジャン・ロイス氏は言う。「個々の銀行やファンド、証券会社はレバレッジ解消に躍起だが、金融システム全体のレバレッジ解消は難しい」。
今、多くのアナリストが銀行の相次ぐ破綻を懸念している。だが、破綻がなくても、高くつく資金調達を嫌がる銀行が今後さらに融資を縮小し、経済の信用収縮を悪化させる恐れがある。FRBのベン・バーナンキ議長は先の議会証言で、「銀行がレバレッジを解消したり規模を縮小したりして、商機を生かすために必要な資金の調達に二の足を踏むケースが多い」と述べた。
金融業界の難局は、経済見通し、特に住宅市場の展望の不透明さと密接に絡んでいる。住宅価格はその資産効果及び借り入れ手段としての価値を通じて消費支出に多大な影響を与える。また、住宅ローンのデフォルトや住宅ローン担保証券の価値に及ぼす効果を通じて金融機関にも影響する。
S&Pケース・シラー住宅価格指数によれば、米主要10都市の住宅価格はピークから19%下落。先物指標は相場が大底を打つ前に30%は下落することを示している。大都市圏を対象とする同指数は全米の相場下落と懸け離れていると見られるが、FRBの6月の会合議事録にあるように、住宅市場の見通しはなお「暗い」。
住宅指標には一部改善も見られるが、賃貸料と比べた価格は依然高い。売れない住宅在庫は積み上がり、住宅価格の下落傾向は弱まる兆しもない。住宅価格は上昇局面で適正価格を大きく上回ったように、下落局面でそれを大きく割り込む恐れがある。
今年第1四半期には50万件以上の住宅ローンが住宅差し押さえの手続きに入り、一部地域では“差し押さえスパイラル”も見られる。住宅価格の下落が差し押さえを増やし、それが住宅価格の一段の下落を招く事態だ。「住宅の資産価値のデフレは金融システムのバランスシート安定化を困難にし、実体経済への逆風を強める」と債券運用大手米ピムコの共同経営者モハメド・エル・イーリアン氏は言う。
信用収縮に加えて経済にのしかかる重圧が石油高騰だ。これは米経済を景気後退に陥れる決定的な要因となるかもしれない。多くの経済分析は石油価格がインフレに与える影響に焦点を当てるが、ガソリン高騰は米国の消費者に多額の税金を課す。そのうえ年初以降、急激なエネルギー・食品高騰が名目賃金の上昇を帳消しにし、労働者の実質賃金はゼロ成長となっている。
こうした中、驚くべきは米経済がこれほどの力強さを維持してきたことだろう。第1四半期のGDP成長率は1.0%に上方修正され、第2四半期は長期トレンドに見劣りしない2.0〜2.5%に落ち着くと見られている。
第1四半期の成長の大部分は純輸出によるものだが、5月以降の1100億ドル規模の所得税還付の効果もあり、個人消費も健闘した。税還付は消費の伸び率を2%程度押し上げた模様だ。だが、この消費刺激効果は一時的なもので、下半期に入ると薄れていく。
もう1つ、消費がこれまで健闘したが年後半に陰ると考えられる理由がある。金融市場の信用危機と実体経済の信用収縮のピークに予想以上の時間差があるかもしれないのだ。昨夏の危機当初、銀行は既にかなりの額の与信枠を企業と個人に与えていた。今年に入り、貸し手は新規の与信設定を削減し、過去の与信枠を減らそうとしている。だが、既存の与信枠を取り消すのは難しく、多くの借り手は承認済みの与信枠を使いカネを借りられた。
また、危機が起きた当初、企業は大量のキャッシュを稼いでおり、それが与信削減のバッファーになった。だが、それも景気減速で傷んできている。元財務長官で、ハーバード大学教授のローレンス・サマーズ氏は、実体経済の信用収縮の影響がピークに達するのはまだ先だと指摘する。
一方、米国は深刻なインフレリスクにも見舞われている。6月に5%に達したCPI上昇率は恐らくまだ上がる。今のインフレは外部要因によるもので、国際市場で取引されるエネルギーと食品の高騰が原因だが、これも長引くとインフレが国内物価に織り込まれるリスクが高まる。実際、6月は食品とエネルギーを除くインフレのコア指数がじわり上昇した。
今年上半期に予想を上回る強さを見せた米経済が下半期も勢いを維持する可能性は十分ある。だとすれば、経済成長はすぐに通常かそれ以上の水準に戻る。超低金利と予想されている住宅着工の安定化が成長を煽るからだ。だが、そうなると、今多少だぶついている経済の余剰(失業率はまだ5.5%)が解消され、足元の高インフレが国内の賃金及び価格決定に織り込まれるリスクが一気に高まる。
仮に経済成長が予想を上回らなくても、経済の弱さをよそにインフレ期待が高まるリスクは残る。その結果、労働者は1970年代のように、予想実質賃金の据え置き、または微増を容認する代わりに、物価高騰に対する全額補助を要求するかもしれない。
FRBが計算を誤れば、米国は深刻なインフレ問題を抱え込む。だが、もしインフレリスクに適切な対応を取れば、成長リスクを増幅する恐れがある。原油価格が突如落ち着いたり、経済が急減速したりしない限り、FRBにできることは、再び利上げに転じる日を先送りするだけという状況になる。
また、インフレ期待が一段と強まるようなら、FRBは経済成長に与える打撃を押して利上げせざるを得なくなる。そうなると、インフレリスクを悪化させずに成長リスクを抑えるうえで当局に打てる手はなくなる。
政策立案者はこれまで金融危機の影響を抑え、米経済の終末シナリオを封じてこられたが、問題の根幹にある作用は止められなかった。インフレを勘案すると、金融政策は限界に達しており、今後の政策対応は財政当局、つまり米政府に頼らざるを得ない。
ヘンリー・ポールソン財務長官は、必要とあらば政府はシステム全体の安定確保に介入すべきだが、個別の金融機関や企業、一般家計は自力で問題を解決すべきだとの見解を取っている。
その見方は正しいのかもしれない。7月半ばの金融株の反発は、一定の水準になればリスクを取る投資家が現れることを示している。住宅価格もいずれ、買い手が戻って供給に追いつく均衡点を迎える。その段階では信用危機は終わっている。また、原油価格が落ち着けば、成長リスクとインフレリスクのバランスを取ることはさほど難しくなくなる。7月半ばの原油相場急落は、原油が経済に与える重圧が緩和しつつある可能性を示唆している。
しかし、ピムコのエル・イーリアン氏は、住宅価格と金融セクター、経済には「複数の不安定な均衡点」があり得ると指摘する。言い換えると、住宅価格の上昇、銀行の回復、強い経済成長という「いい均衡点」があり得る一方で、住宅価格の下落、銀行の経営悪化、経済の原則という「悪い均衡点」があるかもしれないわけだ。
サマーズ氏は、労働市場が崩壊し、住宅価格を一層押し下げるリスクを防ぐために、住宅市場の調整が済むまで経済を刺激する第2の財政出動が必要だと訴える。一方、政策立案者は住宅価格が適正価格を割り込むリスクを回避するために、焦点を絞った介入を行うべきだと考える人もいる。
ハーバード大学のマーチン・フェルドシュタイン教授は言う。「肝心なのは、ネガティブエクイティに陥った時に住宅ローンをデフォルトする動機を借り手から奪うことだ。さもないと住宅価格がさらに下がる」。
介入の是非はともあれ、今懸念されている景気後退が現実のものとなれば、米国の次期大統領は厳しい局面で就任することになる。経済の再活性化を図るため、外交政策や減税、国内改革を巡る野望は二の次にせざるを得なくなるかもしれない。


















