金融業界Blog

富裕層が納税国を選ぶ時代に

2008/08/18

アメリカ大統領選挙は、民主党のオバマと共和党のマケインの一騎打ちという形で、次のフェーズに進んだ。オバマが2期、8年間のブッシュ政権のアンチテーゼとして打ち出すことが確実視されている政策の一つに、「メガ・リッチ層」に対する課税強化というものがある。ブッシュは、2010年に1兆3500億ドルの減税プログラムを実施したが、これは、主に富裕層向けの大型減税だった。オバマが中産階級向け政策の資金源として、この減税の廃止を目論んでいるのだ。さらにオバマは「タックスヘイブン乱用防止法」の推進者の一人であり、オバマが大統領になった場合は、アメリカとタックスヘイブン諸国との対決が始まることが予想されている。
これを先取りする形で富裕層向け金融サービスに強い、UBSのCFOを上院の公聴会に召喚。「米富裕層の脱税の温床になっており米当局の調査を受けている」などと追求した結果として、UBSは米国民に対する富裕層向け金融サービスからの撤退を余儀なくされることとなった。

これに先立ち、米議会は、UBSおよびリヒテンシュタインのLGT銀行について、米人富裕顧客に海外に隠し口座を持たせ脱税行為を幇助したとする100ページを超える調査書を作成し、脱税による米国国庫への損失額は実に1000億ドルに上るという衝撃的な数字を発表している。また、OECDの調査によると全世界の「タックスヘイブン」や匿名口座に預金されている資金総額は5兆ドル(約530兆円)から7兆ドル(約745兆円)に上るとみられている。

しかしながら、こうした政策をとっても、最終的に徴税額がふえるかどうかについては、かなり疑問視されている。というのも、政府が徴税制度を強化すれば強化するほど、法人同様に個人もまた国を捨てて納税地を移すという行動に出るからである。米国の場合は、米国籍を持つ人間に対し課税権を主張する属人主義をとっており、世界でも例外的な国であるが(他にはフィリピンだけ)国際課税の課税権の原則はどこに住んでいるかという住所で課税権を決定する、属地主義を採用しているからである。
そして、どこに住んでいるかという判定が、国を選択する個人、さらには選択される国同士の激しいせめぎあいとなっている。

「ハリー・ポッター」シリーズの翻訳者として知られる松岡祐子が住民票をスイスに移した後も、日本に住んでいる期間のほうが長いという理由で追徴課税を受けた。これも実態は、松岡と日本国政府との綱引きであると同時に、スイスと日本の綱引きでもある。
というのも、日本側の主張が採用されれば、スイス政府が松岡から納税を受けた数億円も、スイス政府から取り返すことが可能になるからだ。現在、水面下で協議が続いていると推察される。

一方、国家に対する不信が強いヨーロッパ富裕層の間では、実質的にどこにも住まないことで課税権から逃れるというライフスタイルが存在する。「PT」すなわち、Permanent Travellerというc手法である。PTとは、その名のとおり、「永遠の旅行者」というライフスタイルである。属地主義を採用している国は、特定の日(日本の住民税の課税基準日は1月1日の住所地)か滞在日数(例えば、183日以上)が居住の基準であることが多いので、特定の国に居住をせずに世界中の国を転々と移動していれば、どこの国においても課税されることがないわけである。
あるセミリタイヤした芸能人は、シーズンごとに北半球、南半球に点在する別荘などを移動していたわけだが、これは実はPTを狙ったものではないかというのが、業界の通説である。

そして、世界ではPTをターゲットにした様々なビジネスが存在する。
一つはオフショアの住宅である。例えば、ザ・リッツ・カールトングループがケイマン諸島に建設した豪華ゴルフ場付の別荘地は、建設開始程なくして完売し、現在、拡張中である。オフショアであるケイマンを本拠地にして、資産運用をしつつ、世界中を移動できるようにするニーズがあるためであろう。
同様に、各滞在先ではホテルよりも住居に近いサービスアパートメントが好まれる。サービスアパートメントとは家具付きの住居に近い宿泊施設で、ホテル同様の掃除等のハウスキーピングサービスが提供される。
こうしたライフスタイルを実施するうえで一つ問題になるのが、子供の教育である。親の仕事上、節税上の理由で永遠に旅を続けることと、学校で教育を受ける事は矛盾する。これに対応するサービスとしては、寄宿舎付の学校が、スイスをはじめ、世界中に存在しており、そうした学校に寄宿させるのが常である。各国が「居住地」判断基準を、日数等の形式基準から生活の拠点という実質基準に移しつつあり、子供を本国に残しておくと、この基準に抵触することから、子供自体他国に移動させてしまうわけである。
さらに言えば、、「住む国」、「働く国」、「資産運用をする国」、「住所を置く国」、
「パスポートを持つ国」、「子供を教育する国」、「バケーションを取る国」といった切り口で、特定の国に所属せず、それぞれの良いところを組み合わせて、いわばつまみ食いするようなライフスタイルが存在するのだ。

アメリカのベストセラー「Richistan」は主権国家を超えた超富裕層だけが参加する“Richistan”という別の国家が存在しているという問題提起を行ったがまさにそのとおりである。

こうしたライフスタイルは、歴史の長さ、層の広さが抜きんでているヨーロッパの富裕層が中心であり、日本人にはなじまないように思われるが、すでに、
企業オーナーや外資金融機関出身者の中で日本でも実践者が出始めている。
40代で輸入商社を経営する企業オーナーは「PTになった最大の理由は、節税をするというよりも、日本に希望を持てないという部分のほうが大きい。納税しても無駄使いされそうだし、子供の教育も日本の学校には期待できない。かといって、別にアイデンティティを持てる国もない。そうなれば、特定の国に属さない生き方が合理的だ」という。また、ヘッジファンド関係者は、「ビジネスをしていれば、それぞれの会社から良いものを組み合わせて買うのは当たり前。国だけが抱き合わせ販売をして良い理由はない」という。

グローバリゼーションは国自体も相対化させる。
国民であれば、無条件に従うものでもない。
そういう中で、どのようにして魅力的な国を作っていけるかが、すべての政府に問われる時代となってきている。

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